人生を「一瞬で」変える方法


文字通り、人生が良い方向でも悪い方向でもかまわないから、一瞬で変えたい。タイムリミットは明日のPM0:00まで。


多くの人は「人生を変えたい」と思っているがそれができず、不本意な人生を送り、そして死んでいく。


発想を変える、的な穏便な方向ではなく、より具体的に「変わった」と実感出来る具体的な方向に限る。

俺は鳥じゃねぇからさ

空は飛べねえよ。


出来ないことは出来ないとちゃんと言おう。


自分の可能性を諦めてる訳じゃない。

仕事だからといっても、自分の次元で無理なものは無理。それでも頑張ってる姿を見せる。不貞腐れて投げ出してなければ別にいいよ。1つずつコツコツとやっていけばええ。

弱いところは、弱いところとして見せていい。大人にも子供にも、遠慮せずに普段の自分のキャラをオープンにして行っていい。


舐めてもらっていい。ていうか、親しんでもらっていい。わたしにはわたしのキャラがある。もう厳しく迫力あるように出来ない自分を責めるな。責めても俺はなにも変わらへん。


仕事は行きゃあええねん。

大卒が専門卒に負けるわけがない


そう考えているうちは私は苦しむだけだろうな。


学歴は入り口をパスするためのツールで、入ったらあとは実力主義や。


自分が、専門卒に負けるのが許せないと思ってる限りは、相手の優位なところを認めている分、苦しい。


いまの思考癖に気付かんとな。

同僚も先輩職員も役に立たない


そう考えるときの私の精神状態は、どうなっているのだろう。


即座に「私の見方がまだ幼いのだ。最初から、相手を邪険に扱ってはならない」と、ツッコミを入れてくれて、思考は対立状態に至るのだが、これはなんなのだろうか。


考えようとすると、頭が痛くなり思考がよどむ。答えなど、いい加減なものでないものだと思ってる。そうだとするなら、休日の日ぐらい、仕事を忘れてプライベートに興じよう、ここはダンスホールなのだから、踊り続けるべきだと思う。


私は、薬を飲んで使う。それが、心の隙間を埋めて前向きにさせてくれるものだと、思い込んでいるからだ。

自分自身が弱いのではなく、真剣に考えて悩むから、こんなことになっているのだろうと思う。


縄を結ぶことに、苦手意識が強烈にあり、向き合えない。

アニメーション制作会社で働きたい


エウレカ

よく遊び、よく食べ、よく眠る。

それを何度も繰り返していると、あるとき全ての事柄が繋がって1つの気付きを得られることがある。


私の人生は、長い努力の期間を終え、安定期に入っている。希望の就職先で、給料もよくてお金に不自由してないとか、私の大好きな可愛い彼女がいるとか、休日は街の憩い場のイオンモールで過ごすとか、決して失敗したわけではない。


んだけども、別の生き方をしたかったと思うときがある。とりわけ、映画を観た後に、3DCG制作の会社やアニメーション制作会社に入って、自分の技術を活かして淡々と作品を制作する働き方をしたかったと思う。


リスキーな働き方の一種だと言うのは心がけている。だから、一度しかなくやり直しもきかない自分の人生。最終的に選んだのは、公務員などというクソつまらない安泰した就職先だった。


すっかり、この世界を生きていくために、子供の頃に嫌っていたオトナになっている。遠ざけていたオトナになって、そのおかげで、今日わたしはイオンモールなどひ行って、映画を観て、そんな夢想を呑気にすることが出来る。


やはり、金と休日日数はおおいに重要だ。そうなのかもしれないなと思う。


なんで自分を押さえつけて「この生き方でいいんだ」みたいな、自分に言い聞かせながらガマンして生き続けな、あかんのかな。

人生は立ち止まるべきではないかもしれない


思考の数が少なくなり、

行動の数が多くなった。

夢もシンプルになって、深く考えなくなった。

1年後に、今よりも何かが出来るように変わっていたい。ただ、それだけになった。

復活して1ヶ月


電脳世界の海を泳ぎ渡ることは、少なくなった。あることといえば、ポルノ色に染まったコンパスの針に従って、欲望のままにピンクの海を泳ぐことだけだ。


現実の私は、それでリフレッシュをした。

息抜きをして、日々のストレスを癒した。

ちょっとのお酒は気分を前向きにした。


1ヶ月、新しい部署での仕事を頑張った。

いや、正確には頑張ってはいない。

この環境では、滅多に法令の勉強会などしない。自分で進めなくては誰も教えてくれないが、かといってモチベーションは上がらない。

なぜなら、法令を勉強したところで、現場には矛盾が起こりまくっているからだ。


私は復活したけれど、

むしろ、時が止まったかのように思う。

今日はそろそろ休憩で仕事を休みたいと思う。


教育というものが、まだうまく自分の中で掴みきれてないし、落とし込めてもいない。

正直、周りの人間は職人気質の人が多く、知識や知恵を学ぶというよりは、実践して間違いだと教えられ学ぶような、徒弟制の工場に近い。

頭を動かすより、身体を動かして学ぶわけだが、なんだか私自身納得がいかない。

大学で学んで来たことは、一体なんだったのだろう、あまりそれらが役に立たない環境に来てしまった、と思う。

パソコンが上手く使えない、と思うことがある。職場のパソコンは古い。なぜか、デスクは1人一つ無く、みんなでパソコンを共有するシステムだから、あまり好き勝手に扱えない。


とかく、声を大にして言いたい。



私には、1年目の職員のなすべきことや全体像、出来てたら良いことが、まだピンと来てない。


そういううちは、仕事をしてても、新鮮な気持ちでは仕事が出来るだろうが、あまり楽しくない。

配置につき、雑用的に動き、自分の身体をむりくり鍛える。それが、今の自分にとって価値のある頑張りであると、仕事のときは思えるが、こうやって布団の中で思考を築くときには、思えない。

給料が良ければ目を瞑るだろうが、給料もそんなに良くない。いや、世間一般でいえば良い方なのだろうが、若者に金が回ってこないという世論は、正しいのだと私は認識する。


こうなってくると、仕事も、給料も、足るを知る、である。つまり、妥協。


この生活を続けていれば、トータルで守れるものの方が多い。失うものよりも、得られるもの方が多い。ただし、二束三文の儲けでしかなく、あれだけ勉強したのに、コレっぽちだけしか富を得られないのかと、えらく悲観的になってしまう。


生きることに金がかかる。

その金を稼ぐために働いている。

そういった前提がある。

そういった前提を忘れてしまい、

自分にとっての価値を見出すことを、働くことに求めていく。


周りの人は、たしかに経験が長くてすごかったり、頭の回転は早いと思うが、自分より頭が悪く遠慮しなきゃいけないなと思う。

話したいと思うことが話せないモヤモヤは少しある。が、郷にいれば郷に従うかのように、そこでのおもしろさもあるから、良い。

ただ、自分のペースで話をすることはしづらい。教養のある話は、上司の教養の無さを露呈させ機嫌を損ねる可能性があるから出来ない。

なんだか、そういうところが悲しくもあり、私は休日に上洛をしてしまう。



子供と深い関わりをするときには、その少年が夢に出てくることがある。今の部署に移ってからはあまり無いと思っていたが、昨晩はそんな夢を見た。

子供を疑って見たことに対する罪悪感と、相手の変貌があって、怖い気持ちになった。


相手を疑うというのは、エネルギーがいることである。こういう姿勢が、安全を守る為には必要なことであるのは間違いないだろう。


が、人間を相手にして、疑うことをしているのは、あまり良く無い影響を与えてしまうと思う。

ゆえに、自分の行動は、まだ明確な根拠をもっていない。


私という人間が生きてきた上での関わり方を心がけているが、まぁ、つい2ヶ月前まで、その関わり方でトラブルを起こしていたのが、今の環境では、そういったトラブルが一切なくなる、というのは、誰が考えてもおかしなことだろう。


今の部署は、身体的にはキツイが、精神的にはラクだ。そこに甘えて、ラクを重ねる。

プライベートでも、サボって身体を休め、心を休める。電脳世界の海を欲望のままに渡り、睡眠をむさぼる。エネルギーがある日には、お金を消費して、勝手気儘にサービスを受ける。

いまのわたしはそういう生活だ。二束三文の儲けと、学んだ知識を家で復習できない愚かさは、あとになって後悔するのだろうが、今はまったくそれで痛い思いをすることがない。

たとえ、ちょっと痛い思いをしても、そういった努力的な行動には繋がらないだろう。私もふてぶてしくなったものである。



こんな働き方でも、別にいいのだろう。

そこにいて、誰かの代わりの動きをしていれば、仕事は成り立つのだろう。

組織は大きな身体なら、自分は細胞の1つだろう。大きな目的はあるが、細胞1個のやってることはショボいものである。


現状で何がイヤだろうか。

教育をつかめていないことだろうか。

自分の中に落とし込めていないことだろうか。

職員との関係は良好である。そんなにウザったくはない。

自分は本当に役立てているのだろうか、という実感がないことだろうか。

それならば、この仕事はタネをまき、水をやる仕事であるから、地道にコツコツと褒めたり叱ったりを繰り返して、子どもの情操に水を与えることが大事だろう。

役に立っているかどうかを、花が咲くかどうかで、みがちな私には、いまの仕事がどう役に立っているのか、ピンとこない。


仕事を自分の感覚で出来るようになるには、もう少し時間がかかりそうである。

少年と全体的な関係を築けていくのには、まだだいぶと時間がかかりそうである。

職員と打ち解けるのにも、おおよそハードな力が必要である。

ただなんとなく日々をすごすことは、割とたやすいが、休息の時間も限りなく必要である。


今日は仕事を休めないだろうか。

ズル休みだが、しっかりと体も心も休めたい気分である。復活して1ヶ月。また仕事を休むことを、考えている自分がいるのであった。


1ヶ月に一度の有給は、いいんじゃない。