「紙に揺られて」

W.I.P


この春から文書をあつかう係に就いた。総務課の経験も初めてとなる。以前は教育課での配置経験をさせていただいた。ゼロからのスタートではなかったが、それでも、日々驚きと学びの連続である。文書というのは、行政の仕事においては要だ。我々が、どのような判断で仕事を果たしたか。文書は行政の記録として後世まで残る。そのため、文書の管理や保存は重みのある大切な仕事だと考えている。

 

学生の頃に、私はサークルの機関紙の編集長をやっていた。200名ほどの大きなサークルだったので、メンバー同士の交流や情報交換を図るために、チームで製本作業から配布まで熱心に行っていた。時にはプロの弁護士先生や作家に寄稿を依頼して、限られた製作費の中で、みんなに楽しんでもらえる内容を作ろうと努力した。その時代の活動にこめた思いや大会の実績を1冊の機関紙にして、みんなに受け取ってもらえて、読んで楽しんでもらえることがとてもうれしかった。中には、寄稿文に刺激をうけてライバルが現れることもあった。イラスト寄稿も多かった。いまもBOXには、機関紙のバックナンバーが飾られている。時折手にして読めば、30年前の機関紙の情報でも思い出すことができるだろう。文書を通して、情報を伝え、熱意を伝えていこうとする作品ができる。これは、文書の管理がしっかりしているからである。「文書」というテーマで過去と未来はつながっている。 

 

かつて、スティーブ・ジョブスは点と点をつなぐことの意義を、スタンフォード大学の卒業スピーチで語った。これはどういう意味かというと、スティーブ・ジョブスが、大学時代に好奇心で受講したカリグラフィ(西洋文字)の講義が、のちに、Macのコンピュータ内で使われる文字ブランドを確立させるきっかけになった。当時、そんなことが人生に役に立つと彼は思っていなかった。スティーブ・ジョブスという天才であっても、未来にむけて、点と点がどうつながるかはほとんど予想できなかった。行政文書もまた、この点と、同じである。我々にもまだ予測できないが、あとで振り返った時に、1つ1つの文書のつながりの価値があったと気づく。

 

矯正職員の人生においても、どんな場面が次に待っているのかわからない。予想しないことだって沢山あるだろう。けれど、振り返って見れば、点と点がつながることは、明確にわかるはずだ。今やってることは、どこかに必ずつながると信じて、日々の業務に励んでいく。

まだまだ自分は未熟な職員であるが、人生の再生をしっかり支えるために、もっと他部署との「連携」を大事にしていきたい。文書係として、必要な文書をしっかり管理し、各部署に求められた時には、すぐに提示できるプロになりたいと思う。

小者だとわらってくれ

 

これ以上悩んでも、結末は変わらなさそうだ。

 

1年間、熱意に燃えてまじめに仕事を続け、そして、うつになった。

今後のことをじっくり考えた3週間だった。

 

・今の会社で現状を維持するか

・転職をするか

フリーランスで独立するか

 

f:id:sarasakaMR:20190329171434j:image

 

オレの回答は、ひどく順当だった。

今の会社を続ける理由は特にはない。しいて言えば、社会保障や会社の看板に自分が守られること。お給料が毎月出ること。

それだけだった。

誰に相談しても答えは一緒だった。

「続けなさい」

今の仕事を手放せる状況では無いことだけは自分も分かってた。俺にはまだ、惨めで悔しい失敗経験以外に何もない。

 

4月、職場に復帰する。

 

あんなに辞めたかったのに、

あんなに続けたくないと思ったのに、

結局、今のオレが転職やフリーランスを選ぶには、覚悟も度胸も足りない。貯金も足りてないし、準備が足りてない。

本当に情けないよ。「石の上にも三年」なんてウソだ。転職するなら早い方がいい。だけど、オレに働きたい転職先なんて無い。働きたい働き方が無い。働きたくない、それがAnswerだ。人生でいちばんダサい答えだ。

 

 

いまの職場に復帰する。

幸い、部署の異動は、転職とまるきり同じ意味だから、与えられたチャンスを掴んでもう一度頑張ってみようと思う。

 

とにかく、此の一年は仕事を続けながら、

仕事以外の時間で絵を描いて、ポートフォリオを作る。自分のwebサイトを立ち上げて、イラストレーター兼デザイナーになるために、積み重ねをしていく。iPad proはもう自分の手元にある。言い訳も待ったもなしだ。

 

私の新しい夢は「イラストレーター 兼 デザイナー」だ。

 

それならば、いますぐ組織を離れるよりも、作品を作って、技術を磨いて、経験を積み重ねる方が大事だろう。

4月から、アトリエに週1で通うことにする。アトリエのために他の日を生きることにする。

京都へもう一度戻る野望も捨てない。チャンスがある限り、何度でも挑戦してやる。

 

それが、私のこれからの生活の意義だ。

 

 

こんな順当で現実味のある選択を、選んでしまう俺を嘲笑ってくれ。代わりに、また、現実を知らずに明るい夢を語って生きようとする俺を応援してくれ。

 

 

 

この過程の途中で、命が尽きても後悔はないだろう。自分のプライドを守るために、頑張って立ち上がり、生き抜いたのだから。

 

こんどこそ、幸せになろう。

合言葉は「ルーズにいこう」

 

どーでもよく生きてみましょうよ。

試しにテキトーに、なにも周りなんて気にせずに。なんとかならなくても、べつにどーでもよくて。

 

どうやって絵を描かれてるか研究することだけに一生懸命になればいい。

 

無理しすぎないで自分にできることを。

 

とりあえず、未来の20年後のボクが戻ってきたとして、自分にこう語りかけてきたとする。

「過去の自分に言いたいことがあって来たんだ。そのネガテイブの穴の底に答えがあると思ってるんだろうけど、20年調査した結果、それはタダの穴だった。だから、人と関わる世界に戻りなさい。ネガティブを消すのはポジティブな感情ではなく、没頭だよ」

 

それが真実だ。

 

私は、iPadに、たくさんの芸術家の描く人間の瞳を、たくさん描くことに今は没頭している。

 

ルーズに生きてみよう。

「自分のプライドを守るため」なら働ける

 

今回悩んでいた1つの質問に、自分が納得する答えが出た。受け入れられる答えでもある。

 

「なぜ、自分はこの仕事で働くのか」

 

この一年で信念が折れてしまった私は、

自分の言葉で、働く理由を見つけなければならないと感じた。

 


「飛ぶのをやめた」理由。

 

本来の目標は、ちゃんと遂行できていた。仲間にも恵まれていたはずだった。じゃあ、なぜ?

 

なぜ私は、今回、抑うつ状態になり仕事を休む羽目になったのか。たぶん、真面目に精一杯頑張っていた。でも、このまま最後まで頑張っても、自分は敗北するということが分かってしまったのだと思う。惨めな一年で終えてしまうことを、予期してしまった。

 

7月のクラスの異動、1月までの新入時教育での失敗の数々やモチベーションの低下、そして今回の3ヶ月間の研修。「勉強ができる」という自分の長所を出して、名誉挽回するチャンスだと思っていた。ここさえ復活すれば、自分の威厳は守れる、と。

だが、予想しなかったことに、苦手な集団生活のストレスで自分の実力を発揮することができなくなっていた。その結果、成績は、芳しくなかった。赤点は1つもないが、自分の中で納得できない結果だったのだろう。同期の2人に負けてたのも大きく影響した。

私は、みんなの手助けをして貢献することを自分の生き方や適性から選んだ。でも、本当は、自分が勉強で秀でていたかったのだと思う。大学でも経験した。勉強会を主催で開いて、テストを受けた結果、私が一番試験の点数が悪かった。

 

そう、私は、自分のアイデンティティだと思ってる頭の良さがあるが、それは、集団生活や競争下の環境では、発揮できないという弱点があった。それに気付けたのは今回の失敗の教訓とも言えよう。

 

良い結末の見えない研修に、モチベーションがさがってしまった。別の部署への異動も重なり、それが気遣いからであれ、適性を判断されたからであれ、自分が教育での仕事ができなかったであれ、どの理由でもどうでも良い。

現場から外されたことに対するショックも大きかった。

 

思えば、集団行動が苦手であった。

小学生の時に、サッカーを嫌がったのも、上から怒鳴りつけられたりすることに耐えられなかったからだ。

中学生のとき、不登校になったのも、勉強もスポーツも出来ず、運動会の練習中にキレて誰かの背中を蹴ってしまって、まったく自分の腕力では歯が立たなかったからだ。

就職してからは、1度目の休職は「こいつは仲間ではない」とか「君は発達障害かもな」とか言われ、子どもらにも「死ね」と言われ、3ヶ月でクラスを外されてしまったことからだ。

もう戻ってこれないと言われたはずなのに10日間の休職で戻ってきた私は本当に偉かったと思う。

そして、今回の2度目の休職だ。

私は、研修が終わった後、施設に帰ってきて、こう言われることを予想した。「おまえ、寮も外されるし、研修では、同期2人の方が優秀賞とってくるし、いいところ無いな」

と、飲み会のたびに関西のイジリを受けること。

そして、その結末を受け入れられないと、極限の精神の中で感じていた。【ちがう、わたしはそんなに出来ない人間じゃない。なんでこんなに貶められなければならないんだ】

はねのけることは、難しいと判断した。

 

私が2度目休んだ理由は、いろんな理由が重なっているが故に、そう簡単には、今の職場に戻れない。(でも、もう戻ることは決まってる)

 

責任感や罪の意識では元に戻れない。

 

外部的要因で戻ろうと決めて入る。

 

が、続けられる要因が自分の中になかったのが問題だった。

 

俺自身の内面的な問題を解決しないと戻れない。自分の中から戻る理由が生まれないと意味がない。

 


俺自身の中に夢や希望がもう一度芽生える必要がある。あるいは、夢や希望を与えられる存在が新たにできること。熱意がある存在が周りにいたら、自分も頑張ろうと思える。

 

そんなところだった。

そこで今回のタイトルだ。

 

自分はしっくりきた。

自分のプライドを守るために

未来へのプライドは「戻りたい」という気持ち

離れてる時間が長いほど、なんか、戻ってきたくなっちゃう。のかな。

 

夢が尽きた。わたしは燃え尽きたのだ。

だから「もうどうでもいいや」としか思えない自分を、受け入れてあげよかと思う。

現状どうにもならない。だから、諦めて、さっさと気楽になっちゃいなよ。修復は時間かけてボチボチしか無理です。

 

充電期間だと、いまを割り切ってさ。

好きなことだけまだやってよう。

あなたに足りないのは「自信と覚悟」ね

SHIROBAKO 12話でさかきしずかが、先生に言われる言葉である。これを受けて14話でずかちゃんは「自信を持て。覚悟をしろ」と受け止めていた。

 

自分も同様の状況にある。

信念がへし折られて、初心を思い出しても、自分のやりたかったことが何だったのか、何故それをやりたいと本気で思えていたのか、全く分からなくなってしまった。

 

なにをすることにも億劫になった。

でも、いまはイラストレーター 兼 デザイナーになりたいという荒唐無稽の夢を見ている。

しかし、絵を描くのに、気負いすぎて、上手い絵を描こうとすると筆がすぐに止まる癖がある。

 

いやでもとりあえず、

1000枚絵を描こう。

100本のベース動画をあげよう。

それが当面の目標。才能がないのはやってないから当たり前。とにかくたくさん描く。たくさん弾く。それが目標。

 

今日は、起きてからSHIROBAKOダンガンロンパを15話分くらい見た。病院に行って海辺を散歩した。母親と、美味しいお酒を飲みながら、自分自身に向き合ってもらうのを手伝ってもらった。カラオケで全身全霊で歌い終えたあとは、爽快感だけが身体を駆け抜けていた。

 

明日からは、腹筋もちゃんと始めよう。

太ったかのお腹をみて、絞る時が来たと自覚した。

 

まずはそういうところからコツコツと、それが「3年」つづけば、ようやくスタートラインになるのかもしれないな。先は長いし、気持ちは楽にいこう。Take it easy. 自分を責めるのもほどほどにね。