徽章


 電脳世界の海はとにかく広大で、かつての偉人はこの世界のことを『一碧万頃(いっぺきばんけい)』と呼んだといわれています。

今のわたしが、この海を自力で泳ぎきることは不可能だと感じ始めたため、私は、次の手段・方法を考えるために、俗世のステージにいくことを決めました。


王国の職員で働くことと、直接関係はありませんが、この世界では『徽章』という資格みたいなものを持っていると上司の評価に有利になるといわれています。


この徽章をいくつか取るために、私は、半年ほど、自分の力だけで、幾多の参考書や問題集を解き漁り、日々べんきょうを繰り返しました。


結論から言えば、この行為は、本質を見誤っていたと思います。徽章を取るために実力をつけること、これまではその順番でも「良し」としていました。王国を包む社会の風潮も、同じような考え方だと思います。

本来、徽章とは、日頃の研鑽によって誰からも認められる実力をもち、本番でそれを発揮した者にのみ与えられる代物です。

むしろ、徽章とは結果の産物であり、日頃の正しい行いや努力・過程にこそ意味があるはずでした。


わたしはいつからか、「教育者」という肩書きに惑わされ、「結果を出せない努力は、方法を間違っている。正しいやり方を出来ていない」と考え出すようになってました。


「教育者」という肩書きが先行して、「徽章」という結果をさきに強く求め始めたこと、「徽章」という結果のためなら手段を選ばず、努力の過程において多少の怠慢や堕落、行き過ぎた勉強方法すらも認めていたこと、すなわち、「人としての甘さ」がわたしの中にあることをすべて許してました。

結果さえ手に入れば、なにをしても許されるだろう、と。そう思ってました。


いくつかの徽章を手に入れるため、厳しい試験を受験しました。その際に、自分の真の実力を知ることがありました。

それはまるで鏡を見るようで、これまでの実績とは裏腹に、無知で惨めなカッコ悪い自分自身をつよく突きつけられるのです。

心は折れかけ、悔し涙をのみ、戒めの言葉を自分に投げかけ、再起を誓っては、次から次へとくる難問奇問、応用力を試す試験に私はやられました。

自分のやり方が間違っている、己の限界に到達した、と疑念を抱いて、いまも教育者として不安をどこかに抱え生きる日々です。


 ところで、私には、同じ目標を目指し、同じような高度な知識を共有する仲間がいません。なので、いつも1人で孤独に努力を積み重ねては、これらの試験に合格し、徽章を手に入れてきました。

現在の齢は22。このレベルの試験になると、徽章を独力で手に入れることが、実はなかなか難しいのです。

たとえるなら、ポケモンポケモン図鑑を全種類コンプリートするには、友人との通信交換でしか進化しないポケモンをつかまえ、交換するための友人を作る必要があるのです。


そういう状況に自分がいることを、今回の試験で確信しました。


同時に、自分の手中に収めようとしてるこれまでの『徽章』の価値を、ちゃんと測れていなかったことに気付きました。

これらは全て、いまの自分の実力では手に入れられない、未到達の価値を持つ徽章です。


あと数ヶ月で、俗世に降り立ち、王国の職員としての新たな修行の日々が始まります。そのなかで、徽章を目指しての日々の努力の継続というのは、かなり難しいでしょう。

でも、生涯最後まで諦めたくない、そう固く自分に誓いました。


しかしそれは、

『徽章を手に入れて誰かに認めてもらうため』ではなく、『自らの努力を、あらゆる方法を試しながら積み重ねて、未知の世界にはいっていくため』です。


電脳世界の中を隅々まで視る能力をもつ私でも、到達できてない・知ることの出来てない世界があります。

(電脳世界とは、他人の経験した世界やシュミレーションをした世界を見ることは出来ますが、自分がもし同じ経験をした時に、同じ気付きや発見を得られるかはわからないのです。)


その原因こそが、自分の視野の狭さです。実はそこにあったけど今まで知らなかった世界、そんなのを"自分の目で"見たいがために、努力を頑張っていきたいのです。


徽章はそのときのおまけです。