時は刹那。瞬間の今を楽しめ。


不安で胸がいっぱいになる朝。

考える余裕が自然と無くなっているのが分かる。


朝の踏み切りの音、鳥のさえずり、遠くには雄大な山並みの景色が見えて、私は自然と呼吸が全身にいくように、丹田(たんでん)に力を入れて深呼吸をする。


新しい一日を、新しい世界を無我で感じようと試みる。

しかしそれは、張り詰めた緊張感の中でしか出来ていなかった。


グレイブホーンは言った。

「職場のわずか数人があなたを否定し変えようとも、あなたの行いは電脳世界の海においては何百人という方から支持されている。あなたは自分自身を信じて、自信をもち、自分を愛して良い。あなたのような行いを出来る人を"流石"という。期待に違わぬ行動が出来るから。自らを変えようとしなくて良い。障害であろうとも、あなたはすでに素晴らしく、後付けのレッテルすらもちっぽけになる人間だ」と。


私は、素のままの私でいい。

私がいるから、彼女が喜び、友人が私に話し、職場で感謝する同僚や少年がいる。


いや、素直なままに行動する私がいい。

やるべきことが出来る人間なら、発達障害でもなんでもいい。私には愛がある。

自分の行動に誇りを持て。まとめサイトができるレベルの善行だぞ。


緊張して身体が強張ってしまうから、必要のないミスをたくさんしてしまうのだ。笑って吹き飛ばそう。心を穏やかに落ち着けよう。


夏ツバキの花は、咲いた翌日には落ちると言われる。短い命で移ろいの花。

人もまた同じようで、咲いている期間は短く、咲くのに一生懸命だと、咲いてるときの幸せを感じられずに花として落ちる。花として落ちたあとには「後悔すんなよ!今を大切に生きろよ!」ってまだ咲いてる花にアドバイスしまくりたいマンになるのだから、結局、刹那の今しかないわけよね。

どんなに今が苦労であろうとも、過ぎて振り返れば「あのときの苦労が自分を作ってる」となったりするわけで。大変なことだろうと思うけど、まだまだ咲き始め。いい時間はいっぱいある。


焦って無理に早散りしなくてよい。


今を生きる。そのために、無我の時を大切に感じていきましょうっていう、お寺の和尚さんの話を聞いて、和尚さんの話もウメェな、何も聞いてないのにこちらが何を聞きたくて寺を訪ねてきてるか分かってんなって話をする。


おれもこういう少年院の文化に通じながら、他の文化にも見識があってわかりやすく橋渡しの知識や流行を含みつつ話せる少年院の先生になりたいなって思った。


一種の、お坊さんだわな、私の仕事も。

障害とかちっぽけで些細な要素でしかないや。


今日も昨日と変わらない。

緊張や恐怖を感じてるなら、それでいい。今を味わいなさい。和尚さんはそう言った。

今日も子どもたちに、何かを届ける1日にしよう。