休んだら元に戻った??


Twitterで感じのつぶやきをしたとき、昔の皿坂さんが戻ってきた、生き生きしてて嬉しかったと言われた。


そうか、私はこの仕事に入る前はどんな人間だったのだろうかと考えた。Twitterには、言葉の語源や意味を書いてたように思う。社会人になれば2度目の死が訪れると散々呟いてたと思う。


実際に、働き始めて、人権の消失でも、死でもなんでもないことに気付いてたはずだったが、どうも気付かないうちに死んでた、もとい、交代していたようだった。


働いてる間に、その自分は現れなかった。


仕事から圧倒的に距離を取り、休養に入った自分だが、仕事のある生活に戻りたいという気持ちはある。そして、関西に戻りたいという気持ちはある。しかし、マジメに仕事のことを考えていれば、今回のこの休養はまったく意味を持たない。仕事のことを完全に忘れて、休養をとることが今回の一番の目的。


しっかりと忘れて、距離を置いて、仕事のフラッシュバックなどに巻き込まれることなく、仕事に対する怒りなど忘れ去れるくらいに距離をとること。

少年の顔も、職員の顔もすっかり忘れてしまうくらいで良い。忘れよう。ここまで引き返してくれば関西で得たことなどどうでもいい。


それより、自分であることが大切だ。

自分らしくあること。それを取り戻せ。

今回の地元の旅の、一番の目的である。

心がギュッと潰れる感覚、

心が塞ぎ込む感覚、それにつながるもの、ストレスを感じるものを、すべて自分から取り除いてしまえ。それでいいんだ。

そのいまを、記録してほしい。

何かに夢中になって、熱中して時間を忘れて、ラクになりかけてる今を、記録しておいてほしい。