らうんどあばうと


私は少年院の先生になった。

それなりの熱意と思いがあったはずだった。

AYB会を思い出す。あそこには、錚々たるメンバーがいて、有名な建設会社で勤務したり、論文が学会の有名な賞をとってる人もいた。私が来年そこに参加するためには、少なくとも、法務省とやらの組織に属して国家公務員であり続けてないといけない。

そうでなければ、肩身がせまい。

ところで、AYB会に参加する意義はあまり感じてないけれど、あのメンバーの中に居られることに良い居心地を感じる。ただ、それだけである。

憲法ゴリラにはやっかみをされようが、彼より上でありたい、そう思うのも事実である。ゴリラの風上にも置かない無骨でふてぇ野郎だから私はそんな輩に負けたくない。

そんなつまらない意地を張って、それこそ、子供たちの言うような虚勢を張って、そこにまた顔を出そうとしている魂胆です。


ただ、私がこのままなにも吸収したり、客観視が出来たりせずにAYB会に行っても、分からない事ばかりのカオスな世界を、分からないまま、カオスとして味わうことになるので、そうすることを避けるための努力を、めいっぱいの勉強をしたい。


ただ、そんなことをする余裕は今はなさそうだ。諦めていいのだろうか? 諦めていると言うよりは、客観的事実を述べているのだと思う。つまり、大変なのだ。


この少年院の、情報社会とは思えないくらいの遅れを、どうみんなに説明しようかと思う。この世界をよくしていきたい。私にとってではなく、これからの新しい人たちのために。

電脳世界の海を何度も潜ってきた私が、ここはやばいと思える空間。この空間の進歩に、少なからず貢献したいと思うが、私にはなにも出来ない気がする。

否、なにからすればいいのか思いつかない。


なにも思いつかないまま、博多につく。

福岡の都心部分で、私は、助けを求めて錯綜する。